<X100F>がやって来た…

写真歴の永い方と、写真撮影に関して話しをするという機会等、滅多に在るモノでもないような気がするが、時々そういう方との話しの中で写真撮影に話題が及ぶ場合も在る。

或る方が口にした。「写真は“カメラで”撮るということでもない…“頭で”撮るということなのかもしれない…よく言われているような気もするが…」とである。

実際、この方が言うとおりかもしれない。用意したカメラの可能な範囲で、撮影者が工夫をするとか、撮影者のセンスで「画を切り取る」というのが写真撮影な訳で、カメラが高級機であろうが廉価なモノであろうが、出来た写真に大きな差は見え悪いのかもしれない。

そういうようなことは“理屈”としては常々頭の中に在る。だが、それでも「持っているだけで嬉しいような、好いカメラを入手して…」というようなことは何時でも考えてしまうものだ。

考えてみると、私自身も何時の間にか写真歴は長くなっていると思う。専らフィルムの写真の時代に、ネガフィルムで色々と撮るようになっている。デジタルの時代に入って、現像やプリントの手間や経費を気にせずにドンドン写真を撮る度合いが高まった。最近では愛用のデジタルカメラを基本的にブラケット撮影するように設定してあって、それを利用してHDR画を創る他方、何となくモノクロでの撮影も愉しむという按配になっている。

最近…と言って2013年頃から使っているデジタルカメラは、その当時の“ハイエンド”という範疇のモノだったと思うが、この数年でセンサーの大型化が進み、最近の機種ではこれまで以上に鮮やかで繊細な画が撮れるという話しが伝わっていた。それでも、私が使っている機種に搭載されているクラスのセンサーはマダマダ広く使われているようなモノで、決して「これではいけない…」ということでもない。

そういう他方…最近は無性に「単焦点レンズで写真を撮る」という感覚が懐かしくなって来ていた。ネガフィルムを入れるカメラで写真を撮り始めた頃、最初に求めたコンパクトカメラは単焦点レンズが付いた代物だった。写真が愉しくなって機械式一眼レフを入手した際、併せて入手したレンズも単焦点レンズだった。ズームレンズは、デジタルカメラを専ら使うような感じになって行く少し前に一寸使った程度で、殆どが単焦点レンズだったような気がする。

単焦点レンズは、ズームレンズ以上に制約のようなモノは在るのかもしれない。が、その制約の中で適当に写したいモノに寄ってみたり、離れてみたりしながら、或いは限られた画角の中で可能な限りに好い画を模索するという撮影の感じが、妙に懐かしいような気がしていて、「単焦点レンズのカメラを使いたい」というような想いが変に募っていた。

そうした中で、「レンズ交換が可能な所謂“ミラーレス一眼”に単焦点レンズを組合わせて?そういうことをやると愉しそうだ!」という想いが沸き起こった。そして色々と調べる中、「レンズ交換は出来ない、“分類”としては“コンパクトカメラ”になる単焦点レンズのカメラ」も何種類か在ることを知った。

こういう経過で<X100F>が気になる存在になり…2017年9月2日に入手してしまったのだ!

地元の店では、残念ながら「<X100F>を下さい!」と訪ねて行って、直ぐに持ち帰ることが出来る状態でもない。多分、取寄せで何日も掛かってしまう。そこで、やや強引な日程で札幌に出て買い求め、旭川に寄り道して「<X100F>を初めて試用」という時間も設けた。

その後も殆ど毎日のように使ってはいるが、マダマダ「少しずつ慣れて行こうと…」という段階を脱していないと思う。それでも!「これは?!」という素敵な写真を撮ることが出来ているような気はする。

結局、<X100F>関係の雑感を綴る、または<X100F>ならではの画を集めるという場を設けてみたくなった。結果としてこのブログが現れてしまったのだ…

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