<三兄弟>:アレクサンドロフスク・サハリンスキー(2017.09.23)

↓「海の上に石庭」というような、何か不思議な自然の造形である…
Alexandrovsk-Sakhalinsky 23-09-2017 (ACROS) (1)
↑海水、岩、雲、空…それらの質感のようなモノが確り記録された感である…

大変な好天で辺りが眩しい中、F11までレンズは絞り込んでみたのだった…

実際には「蒼や碧が眩しい中に、岩と雲」という状態だが、モノクロフィルム調になると「墨絵?」を想起するような感じにもなると思う…

簡単に訪ねられるというでもない場所で、天候に非常に恵まれていた中で撮った「嬉しい1枚」だが、それを度外視しても「気に入った1枚」となっている…

ジョンキェル岬の灯台を望む(2017.09.23)

↓画そのものが気に入っているが、「画を撮った時のこと」も忘れ難いという一枚だ…
Alexandrovsk-Sakhalinsky 23-09-2017 (ACROS) (2)
↑岬の岩肌を覆う草や木、海岸の砂や岩、海水、遠景、空と雲、吹き抜ける風や傾いた陽からの光…<X100F>のセンサーがそれらを余さずに記録してくれた感がする…

<X100F>は9月2日に入手して、翌日から使い始めてから1ヶ月経っていないが…随分、色々と撮った…

コルサコフのG.I.ネヴェリスコイ像(2017.09.16)

↓“スティック”でフォーカスの位置を適宜調整しながら画を創ることが叶う…そんな機能を試しながら撮った画だ…
Korsakov 16-09-2017 (ACROS) (2)
↑「建都160年」を謳って2013年にコルサコフに登場した像で、なかなかに大きい…

<X100F>は、こういう「何度も視て、何度も撮っている」という対象でも「一味違う」感じに纏めてくれるように思う…

百貨店<サハリン>(2017.09.19)

↓歩道の感じ、電飾が入るか照明で浮き上がる看板と、漏れた灯りに浮かび上る看板、そして街灯の灯りを受ける街路樹に通行人と自転車…
19-09-2017 (ACROS) (4)
↑夜の街角の、何となく情報量が多い感じの画だ…手持ちで撮っている…

<X100F>が切り取るこういう画…こういう感じを求めて、写真を撮る機会が増えている感だ…

夜明前のパベーダ通(2017.09.17)

↓レンズの絞りを開放とするF2であれば、こういう夜の景色も「手持ち」で存外に綺麗に撮影出来る…画を後から視るまで「どんな具合か?」と思っていたが、少し驚いた…
17-09-2017 (ACROS) (1)
↑ランプが多い型の独特な街灯の光が拡散するような空気感が、巧く描写されていると思う…

最近は…他のモノは忘れてしまっていても、「とりあえず<X100F>だけは…」と忘れずに持って出ようとしている感だ…

M.S.コルサコフ胸像(2017.09.16)

↓港町コルサコフの広場に、街の呼称の由来になっているという1869年当時の東シベリア総督の胸像が在る。1853年の建都から140年を記念し、1993年に登場したものだそうだ。「ソ連時代」を抜けたような、抜けきっていないような状態だった頃のこと…街の起こりの故事に目を向け、「新たな時代のまちづくり」のような問題意識が起こっていた時代だったかもしれない…
Korsakov 16-09-2017 (ACROS) (1)
↑なかなかに典雅な胸像のように思う。コルサコフを訪ねて時間が在ると眺めたくなる…

こういうような、晴天の日に「背景がボケる」ようにレンズの絞りを開放にした写真を撮ることが叶うのは、機械式と電子式を併用して速いシャッター速度で撮影が出来る<X100F>の能力の御蔭だ。

<モスクワ府主教・成聖者インノケンティ記念寺院>(2017.09.16)

↓ロシア正教関係の建築に特徴的な屋根…「空を見上げて撮る」という画だが、<X100F>は余り細かいことを考えずに撮って、意外に好い画が撮れる…
16-09-2017 (ACROS) (1)
↑この建物自体は2012年に竣工、供用となっているのだというが、1990年代にサハリンでロシア正教関係の活動が盛んになってからの経過が背景に在る。そういう意味では尊い場所である…

↓堂内は、天井の側からの光に浮き上がるような感じになるのだが、こういう場所も繊細にディーテールを描写してくれる<X100F>である…
16-09-2017 (ACROS) (2)
↑決して大袈裟な感じではない<X100F>は、立ち寄った場所での「好いなぁ…」を気軽に記録してくれる代物だ…

<X100F>を持っていると、それを手に何処かへ出てみたくなり、出先では何か撮りたくなる。この小さな教会のように「立寄って好いと思い、色々と場所に関して知って更に面白いと思う」ような場所に関しては、「好さを記憶に止め、更に誰かに伝える」ような画を撮っておきたいものだが、<X100F>はそういう使途には好適だ…

ゴロヴニーンの胸像(2017.09.10)

↓レンズの絞りを開放で、こういう「主要被写体が浮かび上がる」というような描写が出来るのは、実に好いと思う…「大き目なセンサー」を搭載しているが故に出来ることであるのだと思う…
10-09-2017 (ACROS) (5)
↑或いは「視た状態」というよりも「視た時の感じ方」が描写されるような感を覚える…

本当に「“表現”をしてみたい意図を有する撮影者」の「意図」を画に刻み込んでくれるような<X100F>である…或いは、この<X100F>の“力”に振り回されないような「意図」を忘れないことさえ必要かもしれない…

この<X100F>を手にしていると、かなり以前に初めて機械式一眼レフのカメラを入手して「天候が好くなればフィルムを入手して、何でも構わないから撮ってみたいと思った」という頃の感じを思い出してしまう…

黄昏:レーニン通とプルカエフ通の交差するロータリー(2017.09.15)

↓雲を背景に聳え立つオベリスク…雲やコンクリートまたは石材の質感と、光が醸し出す空気感が精緻に描き出されている感じがする…
15-09-2017 (ACROS) (3)

<X100F>は、「とりあえず持ち歩きたい…」という気分にしてくれるモノで、持っていれば自ずと「使ってみたい=撮りたい」ということになる。そして撮ってみた画は、「思い掛けない手近に在る素晴らしい何か」への道標のようになってくれる。

このロータリーのオベリスク…「とりあえず、そこに在る」という以上でも以下でもないようなモノかもしれないが、「空をドラマチックに飾っている」ようにも見えて面白い…

<X100F>は単焦点レンズのカメラだ…被写体の周辺を動き回って、「気に入る画」を探りながら撮ることになる。そういう作業が、何か「原点回帰」のようで心地好いと思える昨今だ…